雪灯りに浮かぶ秘湯の一軒宿。静寂と幻想にひたる冬のしただ郷へようこそ。

2023.02.17

八十里越エリアは日本屈指の豪雪地帯。自然豊かで通年がベストシーズンとはいえ、冬景色は特別な美しさです。雪を活かした多彩なイベントがある中、越後長野温泉「嵐渓荘(らんけいそう)」の「雪灯り」も必見。真っ白な雪の回廊に灯した行灯が、訪れる人を幻想の世界に誘います。約100年の歴史をもつ新潟県三条市の老舗温泉旅館を守る4代目館主の大竹啓五さんにうかがいました。

越後長野温泉 嵐渓荘 (らんけいそう)
館主 大竹啓五さん(51)Ootake Keigo

早稲田大学文学部哲学科を卒業後、都内の会社勤務を経て新潟県三条市へ帰郷し、嵐渓荘の後を継ぐ。曽祖父から引き継がれる湯を守りながら、自然の厳しさと恵みの豊かさの両方を持つこの土地で、変わらない良さを活かして宿を営む。度重なる水害を乗り越えながら、少しずつ施設改修を重ね、現代に即した環境整備やイベント企画にも取り組む。

自然の恵みと国登録有形文化財建築の調和

――嵐渓荘の紹介をお願いします。

大竹さん:八十里越の山々を源流とする守門(すもん)川のほとりに佇む一軒宿です。曽祖父・大竹保吉が大正時代の末に東京からUターンし、上総(かずさ)掘りという手法で何もない原野を堀り続け、数年かけて湧出させたのが源泉の「強食塩冷鉱泉」です。当時は瓶詰めにして東京の薬屋でやけどの薬として販売したり、また曾祖父は宿とか湯治場というよりも、心身のバランスを取り戻す療養所のような場所にしたかったようで、都会から長逗留(ながとうりゅう)に訪れる方が多かったようです。お金や食べ物などがある人は出し、何もない人は手伝いをするといった共同生活が営まれていたと聞いています。

温泉は、肌にまとわりつくような湯感とよく温まるのが特徴。それから目の前が渓流で、春は桜や山野草、夏は蛍、秋の紅葉も格別で冬は大雪という自然環境がお客さまに喜ばれています。そんな環境に育つ滋養に満ちた地場食材を、超軟水で知られる五十嵐川の伏流水を使って作る旬の料理も絶品です。水道は引いておらず、すべて湧き水を利用しています。

宿のシンボル「緑風館」と、前庭で開催の雪灯り

――望楼がチャーミングな木造3階建ては国の登録有形文化財とお聞きしています。

大竹さん:「緑風館」と名づけた嵐渓荘のシンボルですね。創建は昭和8(1933)年頃で、元は燕駅前の料亭でしたが、昭和32(1957)年頃、廃業して使われなくなった建物をこちらに移築したものです。改築や一部鉄筋を入れる補強もされていますが当初の姿をよく残し、平成24(2012)年に国登録有形文化財として登録されました。

客室の意匠も当時のままです。「川、いつか海へ」という、2003年度にNHKが放映したドラマの舞台にもなっています。

――そんな趣ある建物をバックに雪行灯が並ぶのが2月の「雪灯り」というわけですね。

大竹さん:蝋燭のやわらかな光が、澄みきった夜に舞う雪と日本の伝統建築を映し出す光景はそうそうありません。SNSで拡散される影響も大きくて県外からも、外国からのお客さまも多くなっています。裏方としては雪の管理に明け暮れることになりますが、お客さまに喜んでいただけると、私たちも力をもらえます。

レトロな蝋燭の光で雪ん子遊び

雪の量によって行灯の数は増減しますが、期間中は若女将が毎日夕方から、前庭に回廊状につくった雪行灯を灯して回ります。雪が溶けると蝋燭の固定に苦労したり、風があると点火に手間取ったりは自然相手ならでは。雪が一番降り積もる2月限定で開催しています。 

現代の日常に、蝋燭を灯す機会はほぼありません。お子さんたちが興味を持つのを、危険だからと親御さんが禁止するのかなと思っていたのですが、逆に一緒に火をつけたいと参加される方もあり、まさに冬の風物詩となっています。

宿で貸し出す蓑と藁靴で雪ん子に

――どんな経緯で始まったのでしょうか。

大竹さん:きっかけは水害です。東日本大震災のあった2011年、被災者の宿泊受け入れ事業などが一段落したと思ったら、こちらが台風と豪雨に見舞われ、守門川が一気に増水して、目の前にあった吊り橋が流され、宿にも浸水する大きな被害がありました。

庭もめちゃくちゃで大改修です。人為を加えて四季の変化を一層楽しめるようにしながらも、周辺環境との連続性のあるナチュラルなデザインとしました。

水害以前の冬の名物は、地元の匠による、10人は入れる巨大なかまくらでした。この期間だけの特別メニューとしてお餅や甘酒をご用意して楽しんでいただいていたのですが、庭の改修でスペースがなくなってしまい、現在は雪灯りのみの開催です。

かまくらや雪灯りは、私の妻で若女将の由香利の発案で始めました。デザイナーとして照明演出も手掛けていた彼女らしい、環境と調和する素敵なアイデアだと思います。 

スノーシューも人気

大竹さん:希望者に蓑と藁靴を貸し出して雪ん子になってもらうのも、若女将の発案です。タイムスリップしたかのような撮影ができて、皆さん大喜びされています。この辺りはスキー場がないので、雪の工夫でお客さまに楽しんでいただければと思い、この雪灯りの他、スノーシューイベントも始めました。

八十里越道路が完成したら冬期も通行可能になるそうですから、厳しいけれども恵みでもある豪雪期を体感していただければと思います。

新しい道ができたら通ってみたくなる

――八十里越道路への期待をお聞かせください。

大竹さん:今のところ行き止まりの土地なので「知る人ぞ知るしただ郷」ですが、道路が完成したら新潟県の玄関口となり通過する人は多くなるはずです。新しい道ができたら通ってみたいと思うのは人の性ですから。その中から、例えばふとした景色や食べ物を気に入る人がでてきて、ここを目的地に訪れるようになるかもしれません。

大谷ダム、巨岩・八木ヶ鼻、清流・五十嵐川など、見慣れている私たちでさえ感動で立ち止まってしまう独特の景色に魅了される人が、だんだん増えると思っています。

三条市は「産業観光・オープンファクトリー」「アウトドアの聖地・キャンプ」「農業・園芸 個性ある道の駅」など、工業×農業×自然環境×土地の人を総合した地域づくりを進めてきていて、ここ10年でずいぶん魅力を高めていると感じます。

また、太平洋側から来ると新潟県の県央エリアに抜けるわけですから、そこから北へも南へもアクセスが便利ですし、そのまま西に向かえばすぐ日本海。2泊、3泊で北関東から南東北エリアを車で周遊するのにも、のんびり旅路を楽しめるよい道路になると、私は大いに期待しています。

――開通が待たれますね。最後に地元民だからこそ教えられる穴場情報をお願いします。

大竹さん:宿から徒歩でも貸自転車でも行けるくらいの所にある「八木茶屋」の「山塩ラーメン」はいかがでしょう。すっきり透明でまろやかな塩味スープの秘密は「山塩」で、私どもの源泉を煮詰めたものです。源泉と湧き水とコシヒカリだけで炊いた宿の朝粥は昔から好評をいただいておりましたが、山塩ラーメンも全国放送で紹介されるようなご当地メニューになりました。

また、宿のさらに奥の吉ヶ平周辺に八十里越えの古道を復活させようという取組みあります。神秘的な雨生(まごいが)池もあり、これから注目されるトレッキングコースになっていくと思います。そしてそこは渓流釣りにも最適な場所です。

埋もれている魅力がたくさんあり過ぎて紹介しきれないので、ぜひ一度足を運んでご自身で発見していただけたらと願っています。

 

しただ温泉郷 越後長野温泉 嵐渓荘 
TEL0256-47-2211(8:00am - 10:00pm)
〒955-0132新潟県三条市長野1450

取材日/2023年2月10日
取材・執筆/北原広子
写真提供/嵐渓荘